2016年03月13日

100%


先日父から電話があっていとこのおじさんのお見舞いにいってきた
そのおじさんは昔よく遊んでもらったおじさんというか
世話になったおじさんで。
電話での父の話ではついさっき父のもとにも電話があって
おじさんの弟さんがなくなったとのこと
おじさん自身も2度の手術失敗を経て今はねたきりらしいし
縁起でもないけど早々長くはないと思うということで
何で俺に電話してきたのかはわからなかったけど
とにかくここから車で一時間強とそんなに遠くもないし
相方と一緒に行くことにした

ところがよくよく考えたらおじさんに会うのは成人してからあった記憶がほとんどないから
20年ぶりくらいだ
状態も芳しくないようだしおじさんも俺のこと覚えて無い思いだせないかもなと思いつつ
病院に向かった
おじさんは療養型病棟というところにいた
田舎の病院で病棟には静かな空気が流れていた
療養型の病院というところに始めていったが
その空気は何というかかなりゆっくりと流れてる感じがした

おじさんは4人部屋にいた
同室は二人いて一つはベッドが空いていた
ベッドの向かいにいた人は脳梗塞だったか脳出血だったかで
直接胃に栄養を送ってる状態の人だった
いびきの音ががかすか病室に反復してた

おじさんはそこにいた
俺の記憶してる姿とは当然違うすっかりやつれ切った様子で
とはいえあのおじさんが寝ていることには間違いない面影もあった
付きっきりではないがおばさんもお昼と夜は食事の手助けをするために病院にいるということだったから
その時間を狙ってちょうどお昼ごはんを食べてる時に病室についた

すっかり憔悴しきった感じのおじさんがそこにいて
おばさんもいた
おばさんもおじさんの介護もあったりでガクンと来てるようだと聞いてたから
その元気な今年80歳のシュッとした姿に驚いた

お昼時だったがおじさんはもうほとんど食べられない
ロールパンの中身のところをほじくり出してだったり
ゼリーを小さくしたもの、果物を細かく刻んだものがやっと食べられるくらいの状態だった
最後は何となく俺のことも思いだしたかな?という仕草もあったけど
すでに話もできないし若干朦朧といしてる部分もあって
思い出すのに一生懸命だった
その姿を見て何となく申し訳ない気持ちにもなった
会いに行ってよかったのか会いに行かない方がよかったのかちょっとよくわからなくなったが
父が電話してきたことやおばさんが基本本心でありがとうと言ってくれてるのはよくわかったから
良かったのかもしれない
いや、良いとか悪いとかそういうことでもなかったのかもしれないけど
結果お見舞いに行ってよかったのかもなと

元気だったおじさんは2度の手術失敗を経てすでに立てなくなっていた
体力的な意味もあるが足はリンパ浮腫がかなりひどくたえも驚いていたが
自分が見てもこの足では立てないなということが容易にわかる状態だった

オペ失敗後おじさんが暴れたりふさぎこんだりという話を聞いてたけど
端的に聞いた話とはかなり経過というか事情も違ったんじゃないだろうかという感じがした
なんていうかかわいそうだなと思った。

はっきり言えばもう次の冬は越せないだろうと思った
丈夫なおじさんだったからここまでもかなり長く頑張ったはずで
何とも言えない気持ちになった
そういえば歯もほとんど残ってた。
うちの父も歯は丈夫だ、歯の丈夫な人は長生きするのかもしれない
込み上がってくる何かをこらえながらおばさんもおじさんもひょっとしたらみたいなことを
いいつつ最後までは言葉が繋げられない感じでこちらを見た
いろいろ察するところもあって早めに病室を出た
お見舞いに行ったのに手土産までくれた(笑)
そういうとこ変わらないなみたいなこと思いつつ
こちらも思い出のミカン、買って行こうかなと迷ってたけど
結局時間もなくて直接手ぶらで言って正解だった
食べることができないお見舞いの品にどんな気持ちになるだろうか?だったし。

俺は絶対を信用しない
だから世の中で絶対の価値を声高に行ってる人はどうも穿った目で見てしまうところもあって。
右も左も振り切れてしまったらおしまいだなと思うんだけど
自分が知ってる中で唯一の100%が「死」だ
いつか死ぬ
おじさんだけでなくみんな死ぬ
人間だけじゃなくて生きてるものはいつか死ぬ
だからざっくりいえばどう死ぬか選べてもいいんじゃないかなと思う
医療従事の人は自分がもしそうなったら延命しないで欲しいという人も
多分自分もそういう話たくさん聞いてきたし
パーセンテージとかわからないけど
そういう方も結構な数いらっしゃるかと思う
自分も、もしこれは助からないし自分の意思とか力だけで
生きられなくなるならできればそっちを選べればなと思っている

ここからは書こうかどうか迷ったし
今まだこういう話をおじさんが生きてる間にするのはよくないのかなと思ったが
素直に書いておきたいと思ったので書いてみようと思う


ところがおじさんを見てて何というかわからなくなってきた
おじさんは既に絶望感をたぶんだけど多少持ちつつも
火が消えて無い感じがした
それは生きているものが持つ「気迫」のようなものだったと思う
少なからずおじさんからはその気持ちが「死」へ向かっている感じはなかったし
おじさんの尊厳についてこちらが想像するようなこともなかった

「死」は一度しかないので
皆が未経験未体験の領域を一度だけ経験することになるのだと思うんですが
たとえば杞憂というのはまだ起きてもいないことに
ストレスを感じることなのでそれは本当に無意味だと
自分が本当の意味で理解したのは最近だけど
今「死」について考えることも
全ては未然の出来事に想像を張り巡らせているだけなので
たとえ無意味では無かったにしても
その時が来ればそれまでの考えも覆されることもあるわけで
今想像してもどうしようもないことだと思うんだけど

寝たきりのおじさんに既に疲れの先まで来て慣れてしまった感じのおばさん
先は長くないけどそこにまだ気迫の宿るおじさん
まだ先のことであってほしいけど
自分はどうなるのかなと頭の中がまとまらないなとか
父はなんつうかそういうとこあるなと電話のことを思い出したりしてた
自分はその先でその時どう思うかなと一瞬考えたけど
それそのものが無意味だなと病院を後にした
お土産にもらった明宝ハムは岐阜の山奥の味
塩気が強くおいしいけどしょっぱかった

一枚ご紹介
JAY LUMEN本当にここのところ良いっすね!
FSJAY LUMEN / fusion ep (footwork)[Listen(MP3)]
A1: Fusion
A2: Old Machines
B1: Old Machines (Kaiserdisco Remix)




posted by DJ Nakahara at 17:55| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記的なもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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