2016年03月22日

ルーツ

先日お見舞いに行ってきたおじさんが亡くなった
俺たちがお見舞いに行った一週間後くらいのこととなった
あったかくなるときが危ないかなとも思ってたけど
案の定おじさんは無くなった弟さんの一週間後にこの世を去ることになった
悲しかったのかよくわからなかったが知らせを電話で父から聞いて
泣いた。泣けてきた。こみ上げるってこういう感じだったかなって感じで。

実は連休前に亡くなったようなんだけど
その時は父が俺に電話くれたんだけど俺が出なかったこともあって
さっき電話をもう一度かけてくれた様子
何にせよ、葬式で死化粧顔みるんじゃなくて生きてるうちに会っておいてよかったなと思った

俺のこと、もう覚えて無いかもなと思ってたこの前のお見舞いの様子だったが
おばさん曰く忍のこと覚えてたし思いだしてたと父には電話があったらしい
まばたきの様子でわかるんだって!夫婦って凄いね。
もうそんなことはどっちでもよかったけど
やっぱりあったかくなって安心したのか
それとも面倒見のいいおじさんがその一週間前に亡くなった弟さんの様子を見に行ったのか
おじさんはあの狭いベッドから解放されてまた自由に元気で旅立ったのかもなと

お見舞いの際におばさんがふと漏らした一言で自分のまだ知らない事実があって
それを聞いて考えてたことや気が付いたつながったことがいくつかあって
電話で父に確認するとそれは大体予想通りで
そういえばそういうことを話すきっかけもなかったからなと父は言った
そういわれたらそうだろうな
また父から見る母と自分たちから見る母も違うだろうし

人はルーツを知りたくなるのかなと
自分にはそういうのないかと思ってたけど
相方に自分ことをやっぱり人はルーツを知りたくなるのかもねといわれたりもしたし
自分も実際そのルーツがどうだったのかな?というのはあるといえばあった
ばらばらというよりは何故?という解せない部分が多かったから
自分の両親やそれを取り巻く環境の話
で、そのうえでの今の自分のことが一気につながった感じがあって
何とも言えない気持ちになった
間違いなく自分はこの父とこの母の息子であるんだろうなみたいなところもあったかな。

自分は今を生きてるわけで
ここまでどうやって遺伝子が乗り継いできたかなんて正直どうでもいいと思ってたし
今でももちろんどうでもいいんだけど
もし可能なら知っておいた方がいいのかもなと思った
俺は積年の謎ってほどでもないけどそういうのが一気にわかって
すっきりした
知らなくても別によかったけど知ってしまった今、わかってよかったなと。

おじさんあっちでたのしくやってるといいな
posted by DJ Nakahara at 11:39| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記的なもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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